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西伊敷を経て吉野へ

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サイクリング日記というよりニュータウン来訪記のようになっていますが、物件情報サイトを見ていてどのような町なのか気になったという動機を書くのはこれで何回目でしょうか。

一日家にいようとも思ったのですが、たとえ少しでも練習しなければととりあえずロードバイクに乗ってみることにしました。思い切りは大事ですね。結局がんばって吉野まで上ってきました。

高台の入口までは今回は3号線ではなく甲突川沿いを北上したのですが、車通りが多くなく、なおかつ見通しの良い道で自転車で走りやすかったです。こないだの東坂元からも吉野に通じる道はあるようですが、行ったことのない場所を通りたかったので、今回は西伊敷経由にしました。西伊敷も3号線から上っていく高台の団地で、西とはいうものの実際は伊敷の西にあるのではなく北の方で、西どころかむしろ北東にあたります。それなのになぜ北伊敷などではなく西伊敷という地名になっているのかは謎です。

西伊敷団地までの上りは今までで一番しんどく、一番軽いギアまで使う羽目になりました。入口から1.5kmほどと長いからかと思いましたが、こないだの玉里団地もそれほど変わらない距離でした。急峻とまでいえる坂ではなかったのですがなぜでしょうか。

西伊敷から北に向かって左に見えるのは花野光ケ丘(花野団地)です。西伊敷からは一旦下ってまた上らないといけないのでしょう。

西伊敷から見える花野団地

それから緑ヶ丘や川上町を経て吉野へ向かいました。いずれも初めての場所で、吉野も自転車では行ったことがありません。スマホがなかったら確実に迷っていました。

緑ヶ丘から川上町

今回の目的地に設定したのは「坂之上サイクルけだな古民家」という、スポーツバイクを取り扱っている自転車屋さんです。住所は吉野ではなく川上町。名前はずっと前から知っていて、もともとは店名のとおり坂之上にあって、一度イオンの近くの東開町に移転した後、なぜか今の住所に引っ越したこともだいぶ前に調べてはいましたが、今まで一度も店に足を運んだことはありませんでした。

坂之上サイクルけだな古民家

とはいっても特に用があったわけではなくどんなお店なのか気になっていただけで、写真だけ撮って帰るつもりだったのですが、せっかくなのでお邪魔してみたら、突然の見知らぬ来訪者にもかかわらず店主の方は親切丁寧で、鹿児島の道路事情など色々なことを教えて頂きました。今回は詳細は割愛しますが、古民家を改造した中は広々として風情のあるお店で、自転車本体から部品、衣類やアクセサリー、パニアバッグや輪行袋などに至るまで大変品揃えが良く、少なくとも個人経営の店でここまで手広く扱っている店は見たことがありません。少々不便な立地ではありますが、自転車の購入から整備まで安心して任せられるお店だと思います。

ところで「けだな」というのは一体何なのか聞き忘れたのですが、帰って調べたらそのあたりの「花棚」という地名を「けだな」と読むことを初めて知りました。てっきり「はなだな」と思っていました。今は町名にはなっていませんが、吉野の北部と川上町の一部が相当するようです。先程見た「花野光ケ丘」も、「はなの」だと思っていましたがこちらも「けのひかりがおか」でした。珍しい読み方です。

帰りに前の記事で言及したバッカライじゃなかったベッカライダンケンの吉野店でパンを買った後、吉野の町をまっすぐ南に下って帰りました。私はてっきり吉野も平成の大合併で鹿児島市に編入されたと勘違いしていましたが、実際は戦前から鹿児島市でした。まあ郡山や喜入よりは中心部から距離はないとはいえ、急ごしらえのニュータウンとは違って独立した町でも不思議ではないくらいの大きさです。広い県道の両脇にはさまざまなチェーン店が立ち並んでいて、写真を見ただけではまさか標高200mの街外れの地だとはわからないでしょう。

吉野の町並み

吉野というと今でも思い出すことがあるのですが、大学時代に吉野出身の同期が在学中にバイクの自損事故で亡くなってしまったことがありました。純朴な気のいい男で、特別親しかったというわけでもなかったのですが通夜に出るくらいの関係ではありました。朝に鴨池ドームのジムでトレーニングをしていたら、ふと見上げたテレビに彼の名前と「死亡」の文字が映っているのが目に入り、大声を上げて驚いたことは忘れられません。

夜に走っていて中央分離帯に衝突したという話だったと思います。吉野からの下りの最後あたりのループの箇所には中央分離帯がありましたので、もしかしたらそのあたりだったのかもしれません。坂も急ですし道はそれほど広くないのに車通りも多く、確かに油断すると容易に命を落としかねません。暗い夜道ならなおさら危険です。吉野へ行くときに自転車でこの道は上りたくないと思いました。

わずか20歳程度の人生などあまりに短いものです。非業の死を遂げた彼の分も充実した人生を送れているだろうかと言われると恥ずかしながらとてもそうとはいえません。省みると今日も慎重さを欠いた運転でヒヤッとしたことが何度かありました。今一度、安全第一でがんばってなんとか生き延びたい、そんなことを思わされました。

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